回想の十番


1.
高層ビルが海底に聳える時代 人間の理性の亡骸
見渡す限りのサンゴ礁 古い神様の慈愛の彩り

1.
僕は金縛りに陥るとサナギなる。手足が言うことを聞かずに声を上げることさえ出来ない。そうして身悶えしている内に、胸の辺りが小さく割れきて、透明な命の羽が姿を覗かせる。でもそれが柔らかすぎるのが心配になってきて、途中で止めて引き戻すから、僕はいつまでも蝶に成れずにいる。

2.
「こんにちは、仲間外れのネズミさん。罠は必ず甘い香りを放つから、あえて苦い香りの方を辿ってゆくと良いよ。ああ、それから言い忘れていたけど、君の仲間達はもうとっくに全滅したらしいよ。お気の毒さまだね。お道理さまの運命さまさまだね」

3.
我が子へ垣間見るその強烈に醜さは、つまり自身の姿見。
子供は貴方そっくりに形を成して、過去の貴方を回想させる、一番可愛い天使の試練でありました。
そして世界は繰り返されて、愛はせめてもの正気の器でありました。

5.
睡眠で焚いた真透明な炎で炙る四角いティーバッグ。薫り立つ複雑な記憶の色模様は、過去から成って尚且つ常に新しい。山の麓で真っ赤な水溜まりにキスをする少年。その髪は波の如くうねり、日光を受けて黄ばんでいる。掛けカバンから覗かせる細長い
鳥の脚が確かに可愛い。
…あれは死んでいるのだろうか?

8.
発光する爪の先。髪の毛だけは機械でなかった。
電子端末で照射した白いクッキーを噛む0カロリーの夜食。
立ち並ぶ街灯と、それの届かない影の中間を懐かしい人間時代の残像。
空の明るさを自由に変えられる。海と意思疎通が出来る。

13.
目を閉じても、耳を塞いでも、口を噤んでも
そんなことはお構いなしに世界は動き続けた。

21.
自分の腕が視界に入る度に、目がチカチカして不愉快でした。
病的なまでに白い肌が、日光を拒んで反射させていたのです。

34.
鉄橋から見下ろす海面は、跳ねる魚や波打つ変化で退屈とは無縁です。何処から来たかも知れないゴミが、旅人の心で浮いてもいます。今この海の黒さの中に転落すれば助からないだろうという不安感と、海面と鉄塊に二度冷やされた風の涼しさが私の命の底まで届いて、その清涼感には泣いてしまいそうです。

55.
午前9時9分。交差点に影が掛かる。劇場の様に世界が暗転した。通行人のざわめき。続けざまに叫び声。太陽の代わりに現れた、普段の10倍はある大きな月の姿。強烈な清涼剤の香り。月は急激に青ざめてゆき、遂には地球そっくりの姿に成る。地響きが聞こえる。迫る潮騒。
地球は2つも要らないらしい。



<完>

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