在りし現実世界の名残を追って


<1>
ほんの少し街から離れれば 豊穣を持て余す清々しい大地が幾らでも在るのに
そんな故郷には目もくれず 空虚なあばら家を我が家だと信じ込まされて
きっと誰かに脅されでもしたか 愛ある静寂を恐ろしく思える程に感覚麻痺しているのか
とにかく都会でおしくらまんじゅうをしに 摩擦でストレスや病気を生むじゃれ合いが為に
蟻地獄へ落ちる蟻を模して 明るい明日へと向かって行く皆さま
明るい人工の365日がループして 誰もが死にたいと想うようになりました


<2>
テレビの後ろで揺れるカーテンを眺めながら、遠くで尾を引く珍走団のちっぽけなプライドに耳を傾けていた。神経が荒立ち、とりわけ人為的な気のある騒音への嫌悪感が高まっていた僕にとって、彼らの存在は害悪以外のなにものでもない。一刻も早く、なるべく惨たらしく情けない死に方をしてくれると色々助かる。そういう願いを夜空に放った。塵も積もれば山となる様に、小粒の念が審判の鉄槌と化して彼らの脳天を叩き割ってくれるかも知れない。


<3>
衝撃の真実は皆揃いも揃って"慣れ"に埋没して見えなくなってしまう性質にある。"慣れ"とは脳のエネルギー節約の為の合理的な仕組みではあるが、そんな性質が人間の認識界に於いて普遍的である以上、真実は隠され続ける傾向にあり、また、周囲への感謝が日々薄れゆくことこそ自然という風になってしまっている。そこで思い浮かぶのが、常にあれこれ常識を勘繰ってみたり、見慣れた事象の再考察によって改めて驚いたりし続けている狂人こそが、ごく自然的で真っ当な一般人なのではないか? という発想。


<4>
ペットの鳥が死んだ後のゲージがそのままベランダに放ってあった。
それは僕にとっての唯一の友達だったが「アイツの肉体は死んで、その魂は僕自身と融合した」
という妄想に憑りつかれている為、今はそこまで哀しくも無い。
残酷なことに、これは何よりも自分の心への弔いであるような気がする。


<5>
見渡すテクノの街並みに絵巻物からやってきたままの月一つ
雲は棚引きそろそろ千切れ 顔だけ光る時計塔

繁華街では落ちたシャンデリアが七色に燃え忙しく
ここだけ静かな十五夜で 月一つ 心一つの蚊帳の内