死体と蛙とエアーガン

川辺を歩いていると近くに居た人が誰かに撃たれた。
顔は見えなかったが、撃たれたのはスーツ姿の男性らしいことがわかった。
腹部辺りから鮮明な赤い血の水たまりがじんわりと広がって行く。
その脇に佇む青々と茂った林の色と対照的に映って、妙に美術的な光景に思えた。
「しかし、一体誰から撃たれたのだろうか?」と不思議だった。
直後、遠くから警察の気配が迫ってくるのを感覚で覚った。
何か勘違いされたくなかった俺は、少し離れた場所にある
川辺の内でも最もカエルの多い一帯まで一目散に走り抜けた。
本当に地面を覆いつくすほどの小さなカエルだからけで
時たまその跳ねたやつが頬にまでぶつかってきたりした。
嫌に冷たく柔らかい感触が頬に残る。
それはさておき、今の大事は警察の追手が来ないかで
手にはおもちゃとはいえ物騒に見えるエアガンを握りしめていたことも危機感の一因だった。
おもむろにポケットに手を突っ込んでみると千円札が入っていた。
追手のような気配もなく、一先ずは大丈夫そうで安心した俺は、
数メートル先に佇んでいた駄菓子屋が目に留まった。とても懐かしい感じがする。
朽ち木のスライド扉に手をかけて開いた。
音に気が付いてくれたのか、奥から自分の母親と同じくらいの歳に見える女性店主が出てきた。
俺の顔を見るとその店主は露骨に目を丸くさせて、何か並みならない感情から微かに震えているのもわかった。
そうした少しの沈黙の後、店主の方から「いらっしゃい」と声をかけてきた。
俺は少々圧倒されたので、かしこまって言った。
「突然失礼します。駄菓子を買わせて頂きたいのですが…」
一瞬、追い返されたりするのかと思ったが
、店主の反応は予想していた以上に歓迎してくれる風で
「良ければご飯も食べていきませんか?」と切り出された。
俺はしばらく躊躇した後、自分の腹が減っていたことにも気が付いて
「あの…お言葉に甘えさせて頂きます」と小さな声で言った。
靴を脱いで上がり込むと、駄菓子屋の店内は外観から察していた以上に広く
ショッピングモールのフードコートの様な施設まであり
その中の店員の手つきや捏ねている小麦粉の塊などからうどん屋らしいと思われる店では
島田紳助という元芸能者と同じ顔の店員が一人で切り盛りしていた。
見た目にはうどん屋らしいのに、メニュー表にあったのは僅か二つの御品書きで
一つは海鮮丼ぶりのようなもの、もう一つはたれ染み込ませて焼いたご飯の下に
同じく焼いた鯖辺りの魚を敷いたものだった。
寿司一貫程のサイズのものが三つで値段が350円もした。
少し高すぎると思った。
ちょうどその時ご飯の準備が出来たということで、駄菓子屋の店主が俺を呼び戻しにやってきた。

昔ながらの畳の部屋とその上に置かれた円形の食卓の前に座って
ご飯やみそ汁などを戴いた。店主は俺と向かい合う形で座り
自分は何も食べずにただ俺の姿を眺めていた。
俺は然程気にもせず箸を進めていた。
ある時、店主は口を開いて、実は俺の顔が以前亡くした店主の娘にそっくりなのだと伝えられた。
俺はなんだか誇らしいような恐れ多いような感覚になった。
それを切っ掛けに、店主は沢山話をしてくれた。
数年前に国がインターネット文化を廃して以降
国民の語彙力が急上昇した(実際の口頭では"アカウント制廃止以降~"という特殊な言い回しで語られた)とか。
この駄菓子屋店内のガシャポンコーナーはかつて地域屈指の品ぞろえを誇ったが
娘を亡くして以来、気力が無くてすっかり放置しているという内容だった。
部屋の隅に赤、黄、青色などのカラフルな空カプセルが
無数に積み上がっているのはそういうことなのかと納得した。

兎に角すっかり駄菓子屋の情緒や
この場所に染み入っているであろう様々な人の想いに意識を覆いつくされていて
先ほどまで全霊で危惧していた警察から濡れ衣着せられる危険性などはとうに消えていた。
外から何か喧噪やパトカーの音が聞こえることもない。
とりあえずは大丈夫だろうと、俺は安堵した。

回想の十番


1.
高層ビルが海底に聳える時代 人間の理性の亡骸
見渡す限りのサンゴ礁 古い神様の慈愛の彩り

1.
僕は金縛りに陥るとサナギなる。手足が言うことを聞かずに声を上げることさえ出来ない。そうして身悶えしている内に、胸の辺りが小さく割れきて、透明な命の羽が姿を覗かせる。でもそれが柔らかすぎるのが心配になってきて、途中で止めて引き戻すから、僕はいつまでも蝶に成れずにいる。

2.
「こんにちは、仲間外れのネズミさん。罠は必ず甘い香りを放つから、あえて苦い香りの方を辿ってゆくと良いよ。ああ、それから言い忘れていたけど、君の仲間達はもうとっくに全滅したらしいよ。お気の毒さまだね。お道理さまの運命さまさまだね」

3.
我が子へ垣間見るその強烈に醜さは、つまり自身の姿見。
子供は貴方そっくりに形を成して、過去の貴方を回想させる、一番可愛い天使の試練でありました。
そして世界は繰り返されて、愛はせめてもの正気の器でありました。

5.
睡眠で焚いた真透明な炎で炙る四角いティーバッグ。薫り立つ複雑な記憶の色模様は、過去から成って尚且つ常に新しい。山の麓で真っ赤な水溜まりにキスをする少年。その髪は波の如くうねり、日光を受けて黄ばんでいる。掛けカバンから覗かせる細長い
鳥の脚が確かに可愛い。
…あれは死んでいるのだろうか?

8.
発光する爪の先。髪の毛だけは機械でなかった。
電子端末で照射した白いクッキーを噛む0カロリーの夜食。
立ち並ぶ街灯と、それの届かない影の中間を懐かしい人間時代の残像。
空の明るさを自由に変えられる。海と意思疎通が出来る。

13.
目を閉じても、耳を塞いでも、口を噤んでも
そんなことはお構いなしに世界は動き続けた。

21.
自分の腕が視界に入る度に、目がチカチカして不愉快でした。
病的なまでに白い肌が、日光を拒んで反射させていたのです。

34.
鉄橋から見下ろす海面は、跳ねる魚や波打つ変化で退屈とは無縁です。何処から来たかも知れないゴミが、旅人の心で浮いてもいます。今この海の黒さの中に転落すれば助からないだろうという不安感と、海面と鉄塊に二度冷やされた風の涼しさが私の命の底まで届いて、その清涼感には泣いてしまいそうです。

55.
午前9時9分。交差点に影が掛かる。劇場の様に世界が暗転した。通行人のざわめき。続けざまに叫び声。太陽の代わりに現れた、普段の10倍はある大きな月の姿。強烈な清涼剤の香り。月は急激に青ざめてゆき、遂には地球そっくりの姿に成る。地響きが聞こえる。迫る潮騒。
地球は2つも要らないらしい。



<完>