虚無は身近なカウンセラー


1〇

最近の私は、何よりも「無いこと」を求めています。
それはやはり、表通りの看板色がいつもながらに目まぐるしく
たった一つしかないこの小さな脳味噌を、すぐ満杯にしてくるからです。
機械のHDDと同じ構造で、データに埋め尽くされて少しの余分さえ無くなってしまうと
すぐ目の前の演算すら満足に出来なくなってしまうのです。

こんな夢想をしました。
捲し立てるような声や、噂話をする声。悪態をつく声や、誰かの溜息。
開きっぱなしの店舗の口から発される、色んな商品の入り混じったにおい。
誰かが振りまいているらしい、きつい香水のかおり。
そんなうんざりする日々の雑踏の中に、ある時ぱっと半透明の球体が現れて
それが知らず知らずのうちに周囲の音であったり、匂いであったり
人々のいずれか強い感情であったり
更にはこれから起きるイベントやスケジュールさえ次々と吸収していくのです。
人々は呆気に取られた顔をして、不思議そうに時計を眺めたり、自分の持っている鞄の中身を一つ一つ確認したりし始めます。
最終的には、恋人であったり、友人であったり、親や兄弟であったり、想いでの場所であったり
本当に自分が大事な何かに会いたくなってくるのです。

2〇

僕はその時、見慣れない水車が面白くて目を輝かせていたのですが、ちょうどその家の玄関口に飾ってあった、カビかコケのようなものに覆われた大きな塊(その正体は私と同じくらい背丈がありそうな陶器製のタヌキの飾り物であることをシルエットが物語っていました)の方も気になってきていました。近寄ってそれをよく見てみようとした矢先、それまで陰になっていて気付かなかったらしい玄関のドアが開いて、中からは僕と同じ小学校高学年くらいに見える女の子が出てきました。「それ、おじいちゃんのカタミやから近づかんといて」と、その女の子は声を掛けてきました。まさか他人に遭遇するとは思っておらず、意表を突かれて頭が回らなかったこと。そしてこちらに対する警戒心も明らかに見て取れたことで、僕はなんだか気まずくなってしまって、「ごめん」と一言だけ残し、逃げだすようにその場を後にしました。その後も僕のことを睨み続けたりしていないかが心配で、家屋から少し離れてすぐに振り向いたのですが、もうその瞬間には女の子の姿はなく、開いていた玄関口も再び影と同化してしまったようでした。それにしても、全くの無音で動く気配もなく居なくなってしまったので、少し妙な感覚がしました。

帰り道に眺める水路では、色とりどり鯉たちが所狭しとせめぎ合っていました。

3〇

-世界の連続性に疲れてきたのなら、万華鏡でも回してみたら-

4〇

ざらつく灰を指先に、ちょうどその人の形だけ切り抜かれてしまったこの世界に浸る。
穴の開いてしまった世界または、大事なものが消えた「世界」という名の残りカス。

「お前なんかよりももっと苦しんでいる人はいる」

「それでも世界は回っている」

心無い声はいつだってそんな風に、泣きっ面を刺しに来るハチのトゲ。
泣いても転んでも当てはなし。
そういうあなたの辛さが、私にはわかる気がするよ。

5〇

雪が降っても
「ああ、そう」

誰か死んでも
「ああ、そう」

自分が死んでも
「ああ、そう」

って、それは代表的な現代病の一つ
「情報過多」の症状ですよ、患者さん。

-なるほど、そうだったのですね 先生にそう断言していただけて、何だか気分がすっきりしました-
-何かお礼がしたいのですが、先生はお菓子などお好きでしょうか?-

お菓子はたしかに好きですが、いただきものをするわけにもいきません。
何せ私もあなたと全く同じ症状の患者でして…。
むしろ私の家にあるものを、どれか一つでも持って行って欲しいくらいですよ、本当に。
あはははは。

6〇

遠くの光が地球に届くまでに何万年も掛かるのだとすれば
今日の私たちが見上げるこの夜空は「過去の世界」ということになるのでしょうか?
宇宙を作った神様が居るとすれば、どこまでも詩人みたいな方なのだろうなと
この頃はよく思います。


7〇

本を閉じて溜息をついた。
どんなに居場所がない心地がしても
世界はまだ私が存在することを許してくれているらしい。
休みなく続くこの鼓動。
それに血の通った手足はなおもどうにか持ち上がるからだ。

窓を開けると冷たい空気に頬を覆われた。
それを肺一杯に吸い込むと、胸が洗われるような"錯覚"。
薄暗くなった世界は、あの昼間の窮屈感よりはだいぶマシで
鬱陶しいはずの電車の音さえ、遠くを響けば味わい深かった。

「結局、濃度の問題だろうか?」

そんなフレーズが頭に浮かぶ。
続々と手足に降りかかってくる冷気でハッと我に返って、私はまた窓を閉じた。
キャンドルの火を消して白いベッドへと潜り込むと、火が消えた時の独特の匂いが意識を占める。

一日の終わり。
夜の果てで眠ることもまた
死のパロディであるのかも知れません。

在りし現実世界の名残を追って


<1>
ほんの少し街から離れれば 豊穣を持て余す清々しい大地が幾らでも在るのに
そんな故郷には目もくれず 空虚なあばら家を我が家だと信じ込まされて
きっと誰かに脅されでもしたか 愛ある静寂を恐ろしく思える程に感覚麻痺しているのか
とにかく都会でおしくらまんじゅうをしに 摩擦でストレスや病気を生むじゃれ合いが為に
蟻地獄へ落ちる蟻を模して 明るい明日へと向かって行く皆さま
明るい人工の365日がループして 誰もが死にたいと想うようになりました


<2>
テレビの後ろで揺れるカーテンを眺めながら、遠くで尾を引く珍走団のちっぽけなプライドに耳を傾けていた。神経が荒立ち、とりわけ人為的な気のある騒音への嫌悪感が高まっていた僕にとって、彼らの存在は害悪以外のなにものでもない。一刻も早く、なるべく惨たらしく情けない死に方をしてくれると色々助かる。そういう願いを夜空に放った。塵も積もれば山となる様に、小粒の念が審判の鉄槌と化して彼らの脳天を叩き割ってくれるかも知れない。


<3>
衝撃の真実は皆揃いも揃って"慣れ"に埋没して見えなくなってしまう性質にある。"慣れ"とは脳のエネルギー節約の為の合理的な仕組みではあるが、そんな性質が人間の認識界に於いて普遍的である以上、真実は隠され続ける傾向にあり、また、周囲への感謝が日々薄れゆくことこそ自然という風になってしまっている。そこで思い浮かぶのが、常にあれこれ常識を勘繰ってみたり、見慣れた事象の再考察によって改めて驚いたりし続けている狂人こそが、ごく自然的で真っ当な一般人なのではないか? という発想。


<4>
ペットの鳥が死んだ後のゲージがそのままベランダに放ってあった。
それは僕にとっての唯一の友達だったが「アイツの肉体は死んで、その魂は僕自身と融合した」
という妄想に憑りつかれている為、今はそこまで哀しくも無い。
残酷なことに、これは何よりも自分の心への弔いであるような気がする。


<5>
見渡すテクノの街並みに絵巻物からやってきたままの月一つ
雲は棚引きそろそろ千切れ 顔だけ光る時計塔

繁華街では落ちたシャンデリアが七色に燃え忙しく
ここだけ静かな十五夜で 月一つ 心一つの蚊帳の内