精神四季

神経中で回転するバレリーナが四肢四散して方角を定め、たちまち視野が昇る。透明になって隠れている昼の星々に聞けば、ここは古今名高いアルプスの山峰らしい。「オッホ」と呼ばれる全身真っ赤の品種の羊の首が、高速で伸び縮みして柵の横縞の極小シアターの段々を賑わす。風見鶏に備わるフルートが実在音階の18音上を明滅したことで、太った夫人はご機嫌なハバネラで地を震わせた。汗を拭った旦那は手早くオッホを斬首して、精霊に祈る身振りの後に、その首を黄色いプラスチック容器へと投げ込んだ。旦那は手に付いた血糊を指先でほぐして眺めてはウン、ウンと満足げに頷いている。晴天下に曝されるその真赤さの見事なまでのものものしさ。この地方の羊はその血の地獄のように立派に極まる真紅から、食用と言うよりは染料の役目を果たすらしい。中でもそのオッホは子羊時代から上等と見込まれていた為、まさに本日は栄えある命のお披露目の日だった。そしてこんな快晴は洗濯日和で、洗濯ばさみごときの尾っぽの部分が次第にめでたく赤らみ、膨張し、やがて日光の中から現れ来る巨大な図体の鯛の幻覚、これもまた忌々しいまでにめでたい紅白の発色を全身のウロコに携えて、実に煌びやか。焦点の合えばたちまち駆け寄って"エビ"に噛み付く、そうして鳴る大きな乾いた破裂音。鯛もバラバラに飛び散るのである。その破裂音が山々の間を行き交って朝寝坊な生物の鼓膜を揺らし、音の上昇した分は見えるともなくお日様に恵比寿の微笑みを触発する。一日の開始を祝う祝砲であった。



彩り豊かな裁縫の街の山を越えた先には、世にも珍しい真っ青な真珠の名産地として知られる海岸がある。既に無人も納得の、通り魔クラスさえ真っ青の3年前の大殺戮劇である。明星の蒼さを誇るその地の空色を受けて、真珠までもが真っ青に染まっているのではないかと神秘的な噂が棚引くも、その瞳を吸い込む様な絶世の青みは、遂に忌みの根源として市民の思想奥深くに定着し、物乞いや密猟者さえも近づこうとはしなくなった。ある気違いも同然の物好きが持ち帰った、深夜の海岸の光景に依ると、そのかず数百にも及ぶ球形の霊魂が鯨の悲鳴を発てて、海と空の間を何度も登ったり落ちたりを繰り返していたという。



駅のホームの裏側にある、陽当たりの悪い林に来ている。ここを吹く風は涼しいが、風の中には微かに腐臭らしいものが混じり、たまに烏も啼いている。清涼飲料水の色あせたパッケージを見つけた。しかも期間限定らしい。お菓子や食品のビニール包装は山ほど捨ててあって、こういう場合にカラフルであることは余計に汚らしく見えるから、敢えてパッケージを地味な色で統一するという案を思い浮かべたが、目立つ色にしておくことでゴミ拾いをしやすくなっている可能性も浮かんできて、ぶつかり合って相討ちを果たした。人形の頭が落ちていて、しかもわざとらしく目玉を刳りぬかれていた。悪戯か、またはホンモノか。スマートフォンが二度振動した気がしたが、画面には何の通知も出ていなかった。錯覚か不具合だったらしい。こういう場所では決まって木々が不機嫌で、苦しみ悶える姿でうねっている。木の裏側に縄が落ちていた。先端には上手に結われた輪っかが一つ。カメラを起動するとスマホがフリーズして動かなくなった。こっちはホンモノかも知れない。それはさて置いて、木漏れ日が描く小さなの円の中を、丁度良く咲く一厘の白い花あった。
この世界も捨てたものじゃないと思うが、胸を張って次代に見せられるような代物でもないと思う。
仮に世界を終わらせようとする人が居るとしたら、幾らか同情の気持ちを持ってしまうだろう。



現在、僕の眼前には見上げる程の金色の門がある。それは豪華絢爛極まった意匠が足元から天辺までを隙間無く埋め尽くしていて、しかも不思議なことに、城や館の入り口として備わっているのではなく、明らかにひとつがいの門だけの姿で空間に立ちはだかっているのである。神聖でかつ恐ろしいとでも言うべき、これまでに見たことの無いような雰囲気を放っているが、強いて言い表せばこの感じは仏教的かも知れない。例えば自己の存在や消滅など、そんな極めて深刻な異変が起きる予感に満ちていたので、これが夢ならばなんとか早めに覚めないものかと焦りを感じていた。周囲を見渡すと、辺り一面は目出度いまでに新緑色の晴れやかな草原であった。こういう場所なら犬の散歩をしている人や家族連れの後ろ姿の1つや2つはありそうに思えたが、そんな気配が少しも無く、どこまで視線を伸ばしたところでひたすら無人の空間を、見渡す限りに生い茂った草が潮騒そっくりに、大声でざわめいているくらいだった。どう仕様も無くなって全身に力を込めて目を瞑り、夢なら早く覚めるようにと念じてみたが、無情にも変化は無く、在りがちな方法で頬をつねってみてもただ痛いだけだった。そうこうしている内にふと、空気中に潮の匂いが混じっていることに気が付いた。妙なことだった。海などは何処にも見当たらないのに。しかし、それが門の隙間から漂ってきていることに気が付くと、今度は何故か懐かしいという感情が腹の奥から込み上げてきた。更に恐怖と、逃げ出したいような感情までが、見えない波の様に次々と押し寄せてきて忙しい。そうして最終的には諦めのような心で静まっていた。
 "満を持した"と言わんばかりに、門がゆっくりと開き始める。
続けて、扉の中には何か強大な圧が渦巻いていることを、見えるともなく肌身で感じた。
「あ、これはあの感覚。」
すぐ目の前を高速の電車が通過する時の、あの感覚にそっくりだ。
「ああ、結局、僕はまた生まれないといけないのか…」



<終>
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囀ろうとも浮かばれず

普通の友達が居ない僕にとっては放課後の木々の妖気だけが学校で唯一親しい存在でした。ざらついたサイケデリックな体表は掌を乗せるとたちまち熱を吸い、吐く息は冷気で空間を満たし、上空へ伸びた枝葉の天井はそれもまた冷たくベールとして僕を覆い隠してくれているようでした。とても静かで平和な時間が流れます。不意に耳を突いた歓声は、運動場の方角からでした。目を向けるとそこには僕が居ない世界がのびのびと広がっていて、生徒が活発に走り回ったり叫び声を上げたり、たまにちょっと悪態を付いたりしていて、狂気とも言えるほどの盛り上がりを見せています。やっぱり僕が居ない方が皆は楽しく居られるのだと安心して溜息が漏れました。僕は僕でこっちの世界で上手くやるから、と思って木々を見渡すと、彼らも彼らで意地悪く人面が浮き出させたり、裏側で嫌に残酷な光景を隠し持っていたりしました。結局何とも相容れなかったので僕はこの世界で独りぼっちなのだと確信しました。そうすると不思議なことに心の底から笑みが湧いて、僕は幸せになりました。



『囀ろうとも浮かばれず』

赤い水たまりがあった。
それは路上で倒れた人の頭部から流れ出ているのだと気付いた。
タイヤ屋の前には看板がある。
その看板はいつも赤い塗装が斑状に剥げていたのだけど、今日だけは不自然に赤黒かったので大方察しはついた。
ここでは人間よりも看板が偉い。
それはそうと気温が40度近く、このまま行けば自分の両方の眼孔から溶けた目玉がジュクジュクと溢れ出してくるのではないかと心配になる程であった。意味もなく包帯を巻いていた両手がシューシュー音を立てている。急いで曝け出すと爪が溶けていて、そこから血液が蒸発していた。神様に向かって両手を掲げると、実に10本もの赤い煙が快晴の青空の下で筋を描いて昇った。遠くから救急車のサイレンが聞こえた。オシャレなケーキのように細長いそれは、何故か車道ではなく歩道を突き進んでくる。不意に体に大きな衝撃が走り、視界がグルグルと回転した。もう一度体に衝撃が走った時には眼前の景色は静止していて、先ほど倒れて出血していた男性の元へ白い作業着を着た男二人が近づいていた。一人が男性の体を起こして支えると、もう一人は背中のタンクから伸びたチューブを無理やり男性の口へと差し込んだ。コイントスのようなピンッという小洒落た音と共に男性の白い歯が飛んできた。僕は痙攣して上手く動かない腕でなんとかそれを拾い、握りしめる。男性は激しく咳き込みながらもなんとか自力で立ち上がったらしい。白い作業着の男たちが再び細長い救急車の中に戻り、またしても僕の方を目掛けて突進してきた。僕は力を振り絞って体を転がす。どうにか轢かれる寸前のところで避け切ることが出来た。サイレンの音が遠ざかるのが背中で聞こえる。救急車はそのまま元来た道を引き返して行ったらしい。先ほどからやけに服が湿っぽいと思ったら、地面には自分の血液の赤い水たまりが出来ていた。震える足腰ではなくむしろ頭部に力を入れて辛うじて立ち上がる。復活した男性は相変わらずその場に立っていて、呆けた顔をして僕を見ていた。しかし僕と目が合うとハッとしたように素知らぬ顔をして歩き始めた。自分の歯が吹き飛んだことに気が付いていなかったのは幸いだ。僕は右の拳を握りしめ、手のひらを突く小さな感触を再度確かめる。視界もさっきよりは少しだけ霞が取れていて、まだどうにか持ちこたえられそうだ。ガソリンスタンドで給血して貰う為には、まずはこの歯を換金しなければいけない。
 肉体換金所は相変わらずならず者の行列で、並んでいる間に残りの血液が尽きてしまいそうな程だった。そんな時、換金所の裏側の方から白い誰かの手だけが伸びてきて、おいでおいでと手招きの形に動いた。僕は深い安堵から吐血してしまいそうになる。おぼつかない足取りでそちらへ向かうと、知り合いのヒリキリという娘が立っていて、片手には紙幣を握り、もう片方は手ぶらでこちらに差し出している。一瞬、人気の上級作業員の真似でもして握手をしてからかってみようかと思ったけど、すぐに体の痛みでそれどころじゃないことを思い出して留まった。由来も知り得ないだろう歯を渡すとヒリキリはうっすら微笑んだ。一切事情を詮索せず、どことなく同情するような慈愛まで漂わせてくるのは流石あの婆さんの跡継ぎだけはあるな思った。その顔の片方の眼窩が空洞になっていることに気付くまでの間は、僕も普段よりは心が穏やかだったはず。「そしたら、じゃあね。気を付けなよ」と別れの挨拶を囁かれた後は、僕はいよいよ足を震わせながらも片腕を挙げて余裕を見せた。普段はこうする時は決まって彼女がフッとか声を出して微笑むだけど、今日はそれが聞こえなかった。
 時間切れになる前になんとか給血を済ませられた。今日のようにあまりに大量な日は喉が微かに痛くて好かない。日は沈みかけていたがなんとなく先ほどのヒリキリの様子が気になって、せめて二、三言くらいは労いの言を交わしに行こうと思った。ちょうどその時、夕暮れ時になると生えてくる電子看板が現れて、更に人々が不自然にざわついた。通常それには翌日の天候や温度が表示されるもので、運が良い時は翌週全体の大まかな予想が表示される。騒ぎの原因はモニターに映し出された数字を見てすぐにわかった。見間違えでなければ明日の気温が60度と表示されている。一時経過した後、人々はそれぞれ腕を組んで深く考え込んだり、諦めたようにまた歩き出したりし始めた。ショックで半狂乱になってしまった女性があろうことか電子看板のモニターを拳で叩いた。泣きながら、表示が壊れているというような訴えをしている。すぐに近くの上級作業員が駆け寄って来て女性を引きはがそうとしたらしいが、次の瞬間にはもう女性の首がおもちゃの様に凄まじく回転しながら天高くを舞っていた。素早く頭を振ってこびりついた血を吹き飛ばすと、変形していた電子看板はまた元の形に戻る。上級作業員は呆れた様子で残った女性の体を抱きかかえ、付近に聳えるビルの中へ帰って行った。
「まあ、どのみち俺たちも肉質工場に出戻りなんだろう」
一連の悲劇を見終えた人々は、明日わが身に降りかかるであろう次の悲劇へと想いを馳せながらまた歩み始める。
 気付けば日は沈み切っていて吐く息が白くなっている。ヒリキリのことを心配する余裕もだいぶ薄れてしまっていた。今では何のために自分は生きているのだろう、という根本的な疑問が頭を占めてる。
「とっくに死んでいる俺を呼び覚ますものがあるとすれば、それはせいぜい自殺頭痛くらいだ」
昔読んだ漫画本の主人公が発していた良く分からない台詞だ。
特に好きな台詞でもないのに、何故だか急にそんなものが頭の奥から浮かびあがってきて、印象的に揺らめいていた。



スー スー と寝息を立てる。その可愛い一人の生物は。或いは過去から連なる無数の個人の集合体。
星の灰塵が成した新しい姿。またいずれ灰塵と化す悲劇の宿命の持ち主。薄い瞼の下にはピカピカの眼球が二つ守られていて、これから世界を視るだろう。柔らかで繊細な肌。サラサラ流れる真っ赤な血液。未来そのもの。
あなたは何処からやってきたの? 泣きながらやってきたのはこっちの世界が怖くて堪らないかったから?
それとも、向こう側が怖くて堪らないからこっちに逃げてきたの?



世界を更新するようにザアザアと、断続的な大雨が二日間に渡って降った。真昼間なのに街灯も起きて、大小差のあるスクリーン達にはそれぞれ女性アナウンサーの同じ顔が映し出される。幾つもの同じ顔が完全に同期して動く奇怪な光景を前にしても、カラフルな雨傘たちはお得意の足早で、無関心を美徳と忘れない。鳥たちは姿を消して鳴き声のみの雨を憂うノイズと成り、一方水たまりはぴしゃんぴしゃんと惜しみない爆撃を浴びてなおも喜び続ける異常者であった。雨の中では雑草の青さは妙に鮮烈であり、花の白い色は禁忌を思わせる程の白さが面白い。結局は雨が止んでからもその街の空は薄暗いままで、よくよく考えてみると快晴という天気の種類は数年前に消滅してしまっていたのだった。それはそうと、甲斐ヶ屋神社へ続く道の道中にはざらついた石の階段があり、そこでカタツムリ達が雨の残り香を名残惜しそうに舐めている。そんな場所に居ると通行人に殻ごと踏みつぶされてペシャンコになってしまうぞという忠告も無用らしく、気づけば雨の匂い共々殻ごと消え去る妖精らしい。空気は確かに澄んでいる。



公園は妙にひと気がなく、目に見える物から見えない概念までも全ての形は円が真理なのだと説く幼児だけが居ました。
彼は私に画用紙と鉛筆を用意させ、そこへなるべく綺麗に一本の直線を描くように指示します。
直線は端から端まで届き、丁度画用紙を半分に分断しました。
その黒い直線を彼は"大きさ"を表すグラフだと言い、底が最小であり、天辺は最大であると説明しました。
例えば私たち人間であればちょうどその線の真ん中くらいに位置するそうです。
次に彼は一本の線の先端同士が繋がるように画用紙を丸めるように指示しました。
私が指示に従うと、彼は幼児にしては不気味な程慣れた手つきでセロハンテープを貼り付け、丸めた画用紙を固定してくれました。
そして丁度、線の示す最小と最大とが接合された部分へ指先から飛び出した血液で印を付け、ようやく神様の居場所を突き止めたのだと言って得意げに微笑んでいました。



向日葵が一斉に月の方を向いて、花びらを青白く濡らしている。
人々が寝静まった後もしばらくは昼間の残像が行き交うため、文句を言わない信号機は休まずにウインクを続ける。
ふと潮風が吹いて松林が鳴ると、一面の雲があらゆる幻獣を模して海の方角へと出発する。
知られることのない時間にこそ、幻想が実在しています。



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